哀悼 大浦みずき さん 4 と 5
気持ちは言うまでもありませんが、もう一つ、彼女に必ずや復帰して再演してもらいたかった
作品が、「帰り花」です。 ここ→青年座 帰り花
2008年の公演は東京での公演のみでしたが、ぜひ、あの作品を全国津々浦々、日本中
のみなさんにご覧いただきたかった。
吉田松陰役の大浦さん!って、はじめは想像を絶しましたが、舞台を見て、なるほど納得。
あまりの感動と感激に、涙ボロボロ。でも、この内容は所謂「お涙頂戴」仕掛けの内容では
ありません。どちらかというと、マッチョ系? いや、肉体派という意味のマッチョではなく、
日本人的精神のマッチョ系とでもいうか・・・
↓あまりの感動につたない感想文をブログにアップしておりました。
http://chaorica.blog92.fc2.com/blog-entry-74.html
療養中の大浦さんに何度かお伝えしたこともありました。
「また、タンゴやりましょうね」という言葉ではなく、
「帰り花、必ずやってもらわないといけませんから元気になってください」って。
アホな私は何度もタイトルを間違えて
「帰り坂」いや、「帰り道」、、、ちゃう・・・(汗)
お芝居の最初、掛け軸にある吉田松陰の肖像画が、すっと吉田松陰扮する大浦さんに
入れ替わったのがわからなかったくらいって、ご本人に言ってしまった私。。。
大浦さん、何とも言えない複雑な笑顔をされていました。ごめんなさいm(_ _)m
とにかく、維新にかかわった多くの志士達の生き様をもっと勉強するべき、知るべき。
もちろん明治維新前後の歴史ファンの方って、人口が多いとは思いますが、それでも
まだまだ、知らない人が多いと思います。また、あまりの複雑さに、遠巻きに見てしまって
いた人もいらっしゃるでしょう。私も、その一人でした。
が、あの作品はわかりやすく、楽しく、そして、ずっしりと彼らの生き様が伝わってくる
すばらしいものです。そして、今、平和な日本でぬくぬくとしている毎日を改めて
考え直す機会を与えてくれる作品です。
大浦さんの入魂のステージ、、、、今頃、本物の吉田松陰にインタビューをされて
いるのでしょうか?
吉田松陰から「いやぁ〜〜、そっくりだったね〜」って言われているでしょうか・・・
(まだ言うかぁ、、、)
ありがとう、大浦さん。
哀悼 その5
さて、嘆き悲しんでいるうちに、大浦さんが旅立たれて、そろそろ1週間
になろうとしています。なんて、早いのでしょう!!
私、この1週間、何をしていたのでしょう・・・
いろいろ、やってましたけど・・・
アストロリコの事務所のfax機を大浦さんは道連れにされたのか、まったくアウトに
なってしまいました。(すでに、代用の機会はつけてありますが・・)
明日から、アストロリコは本番開始です。大浦さんからもらった、ステージ根性を
発揮して、大浦さんと共演したものとして、彼女の名前を汚さないように、しっかりと
ステージを務めていこうと思います。
みなさんも、どうぞ、大浦魂でがんばってください。
哀悼 大浦みずきさん 3
公演の中で大浦さんが歌う「バーモス・ニーナ」は、大浦さんが自分自身に言っている
ような気がしてなりませんでした。 詞の中の一部分
「生きて・・・生きて・・・」
あの頃は、まさか本当に命を削っていることになっているなんて、 、、、
あの舞台が最後になるなんて思わなかったし、思いたくもなかったし、、、
でも、同じステージに乗っていたDDもアストロリコ のメンバーもみんな、感じていた
と思います。口に出さなかっただけで。
「生きて、、生きて、、」
彼女自身が自分に言っている、、、、
そして、その舞台、彼女は本当にきれいでした。ステージの演技で客席に背中を
見せるときは、当然、私達の方に顔を向けているわけですが、その表情は極上の
美しさで輝いていました。
キラキラ、、という表現ではなく、神秘的なオーラと艶やかさとでも言うか・・・
もちろん今までも、いつも美しかったのですが、どう表現すればいいでしょう。
本当に神話に出てくる女神か妖精。
そして、慈愛に満ちた眼差し。
昨年の7月、ジャズ歌手で懇意にしていた越智順子さんが43歳という若さで逝って
しまったばかりというのに・・・彼女も癌でした。
大浦さんの病気を知ってから、何度か越智さんの夢を見ました。
向こうの世界にいる越智さんに頼み事をしている夢。
「大浦さんをあなたの力で助けて!!」って。
ところが、11月の上旬だったでしょうか、、、今度は、大浦さんが夢に現れました。
なぜか私の立ち位置とは違う世界に大浦さんが・・・。やはり美しくて慈愛に満ちた
眼差しでしたが、立ち位置があきらかに同じ板の上(ステージ)ではない夢。
夢はおだやかな雰囲気でしたが、あまり歓迎する気持ちになれなかったので、
その夢は見なかったことにしました。思えば、周囲のみんなに気遣いをされる
大浦さんのことだから、挨拶回りもたくさんの人にされたのでしょう。
前々述の日記で「本当のサムライ」と例えましたが、大浦みずきさんはサムライ
のような精神の強さとともに、「本物の女性」でもありました。しなだれたり、
弱々しかったり、そういう女性像ではありません。
気立ての優しさ、思いやりと細かい気遣い、気遣いを相手が感じると逆効果な
場合がありますが、彼女の場合、それを相手に感じさせないさりげなさ。
お見事!
本物の女性です。
もし、彼女が男性だったら、惚れています。(宝塚の男役では、男性としてラブ)
もし、私が男性だったら、彼女に惚れていたでしょう。
そして、女性(一応)の私から見て、女性としての彼女にも惚れています。
今日はこの辺で・・・・
哀悼 大浦みずき さん 2
仕事として入団しました。でも、3歳の頃から結局バイオリン専攻を選択する中学生
まではクラシックバレエをやっていましたので、大浦さんが別格の方だってことだけは
オーケストラボックスからわずかに見える姿からもすぐにわかりました。
みなさんも同感だと思いますが、彼女の男装は、世の男性には申し訳ないですが
男性よりも男前フェロモンで溢れています。
なので、ヅカファンでない私が、「この男性なら、なんでもゆるしちゃう!」ってお慕い
申し上げますぅ〜〜〜〜状態でした。
新しい公演が始まる前は、お稽古場で生のオーケストラとの音合わせ、リハーサルを
します。そのときは、もちろん、みなさん、お稽古着で素顔。でもそこでのオーラも
ひときわでした。
私が宝塚歌劇団に入団したときは、大浦さんは花組の2番手でした。しばらくしてすぐに
トップに。また、大浦さんの退団公演のさよならショーもオーケストラボックスから見送り
ました。そのあと、しばらくして私も退団し、アストロリコ一本に。
かねてから、大浦さんにはタンゴが似合うなぁ〜っと思っていて、当時、アストロリコの
チェリストとして参加していただいていた宝塚団員であり、先輩のS氏にちらほら、
そんな話をしていたところ、S氏がある日
「なつめさんと舞台が今、一緒で、キミが言っていたタンゴの話をしておいたよ」
と連絡してくださいました。
すぐに大浦さんとしっかりお会いしてタンゴの話をしたというわけです。
S氏は、以前、舞台で大浦さんがチェロを小道具として必要とした公演に、自身の
チェロを提供していて、長年宝塚でお仕事されていたので、顔見知りの間柄。
とてもラッキーでした。私は、かなりの後輩ですので、大浦さんの凄いオーラの前では、そう
簡単に話しかけるきっかけなんか、、、畏れ多くて。
でも、そんなこんなですっかりアストロリコと一緒にタンゴを楽しんでくださり、大浦さんの
鶴の一声で、ブエノスアイレスでレコーディング、公演まで!!
ブエノスアイレスのレコーディングスタジオでのこと。ピアソラはじめ、タンゴ界の凄いマエストロ
の録音をたくさん手掛けたダ・シルバ氏が大浦さんの歌う「チェ・タンゴ・チェ」を聴いて、
「もし、スペイン語で歌っていたら、ブエノスアイレスの連中に彼女の歌を聴かせたいよ」
と日本語なのを悔しがっていました。日本語でタンゴを歌って、本場ブエノスアイレスの、しかも
数々のマエストロの録音を手掛けている人の心を揺さぶったのは、彼女だから!!でしょう。
私のラジオ番組にも気さくに出演してくださり、彼女がいないことがまだまだ実感として
わいてきません。まだ、心のどこかで彼女に話しかけています。
今日は、ここまで・・・・
←京都三条ラジオカフェ・スタジオで。哀悼〜大浦みずき さん
大事な友人でもある大浦みずきさんが14日、旅立たれました。
この数日、このブログのアクセスが急増。
きっと、大浦さんのファンのみなさんがアクセスしてくださっているのだと
思います。
あまり、お待たせしても申し訳ないですので、今、書けることだけ。。。。
大浦みずきさん、大好きでした。
「なつめさん」とか、「なーちゃん」とか愛称がありましたが、私にとっては
大浦さん、なんです。オーラがありすぎて、大浦様とお呼びしたいくらい
でしたが。。。
お誕生日が同じ日。(私の方は、戸籍上は違う日になっているのですが、
本当に生まれた日が同じ日)なので、一年に一度、バースデーメッセを
交わし合ってきました。両親や家族中が私の誕生日を忘れていても、
大浦さんからは、ちゃんとその日に「おめでとう!」メッセがありました。
去年の今頃、大浦さんは激痛を伴う体調不良の中、千秋楽まで見事に
舞台をこなされました。アストロリコは、一緒にその舞台に立っていました。
そして、ステージで振り返りながら、とても魅力的なまなざしで私たちと
アイコンタクトをされていて、それがまたひときわ美しかったことをメンバー
全員が覚えていますし、忘れられません。
彼女は、命を削りながらステージに立っていました。
アストロリコが楽屋入りしたら、あんなに具合悪くても、いつも先に舞台で
事前準備をされていました。
ステージで出番を終えて、袖に入ると息もできていなくて倒れ込むような
状態なのに、数分後次の曲でステージに現れると凛として、呼吸ができ
ない苦しさをみじんも表情に出さず、演じていました。
本物のサムライです。
未だに彼女がこの世にいないことを信じられないですが、大浦さんに
「またね」とご挨拶しました。「さようなら」とは言いたくないです。
また、そのうち会いましょうね
としか言いたくない心境です。
私にとっては戦友みたいな存在で、、ショックというか、心に穴がぽっかり。
あいた穴は痛くって・・・
哀悼、追悼、、言葉が足りない・・・
すみません。今日は、ここまで。。。。。。。。
情熱の赤と黒!?
模様を→桜の庄兵衛さんで見ることができます。
普段、黒の衣装が多いのですが、アストロリコのレディースのときは、女性ばかりと
いうのもあってか、みんな色々な衣装にチャレンジしていますが、赤で迫るのが最近のブーム!?
私達としては赤なんて珍しいのです。タンゴといえば、赤でしょうってよく言われますが、
私達は普段赤はあんまり着用しないのです。
どうも、赤と黒、バラの花を口にくわえて・・・という本来のアルゼンチンタンゴとは少々
違うイメージが日本のメディアの影響か、先行していたので、赤を避けていたのかもしれません。
バラを口にくわえる、、というイメージは、アメリカ映画の影響かしら??
これが結構、みなさんに喜んでいただいているようで・・・
演奏は?
いや、はい、演奏も「男前!」とよく声をかけられます。赤いロングドレスを着ていても
中身は、ほぼオッサンのメンバーばかりなので。。。その大将みたいなのが私ですが。
オッサン大将

この公演では、スペシャルゲストでアストロリコのリーダーの門奈さんに出演して
いただきました。門奈さんのネクタイは、私たちに合わせて赤と黒。
バシ〜〜〜っと決まってかっこいいこと

肝心の演奏の中身については、桜の庄兵衛さんで感想文を出してくださっていますので、
どうぞ、そちらをご覧下さい。
どうも、私のトークはおかしいらしいです。
やっぱり・・・




