ひろすけ童話集
物心つく頃に、「ひろすけ童話集」を読むべき。
いや、子供のそばにいる大人が「ひろすけ」に触れる機会を与えるべきだと。
私が子供の頃は全集で出ていて、姉のおさがりで読書嫌いの私ですら
ひらがなが読めるようになった頃、読んだ。子供なりの感性で感じた。
大人になって、振り返ると更に深い意味が込められていたことに気づく。
例えば「泣いた赤おに」
最後に、なぜ赤鬼が泣いたのか。ただ、お友達の青鬼さんが自分から
離れていって寂しいから・・・くらいしかわからなかった。
でも、大人になって、赤鬼の涙が、どんなに深い意味を持つのか。
赤鬼の胸がどんなにえぐられるように傷んで泣いたのか。
青鬼の心中はいかに。。。
とても深い意味が込められている。
大人になって社会に出たら、自分が赤鬼になる場合もあるだろう、また
青鬼になる場合もあるだろう、また、そういう関係を側で目撃し関わる
こともあるだそう。そうした時に、人の心がわかる人間になっている
ことが大事なこと。それは、子供の頃に「ひろすけ」などで触れて
すでに疑似体験している者の方が、より深く人の痛みをわかる人間に
成長しているだろうこと。
なのに、今、書店にいって子供書籍のコーナーを探しても、「ひろすけ」
の一部分しか出ていない。
「龍の目の涙」「泣いた赤おに」「むく鳥の夢」・・・
そういう私だって、子供の頃に読んだっきりの全集すべてを覚えている
わけではないけど。でも、そこを通過したかしないかは、思春期を迎えて
多感になり傷つきやすい年齢なったとき、そこを乗り越える力がついて
いるかどうかに大きく作用すると感じる今日このごろ。
ひろすけ童話には、日本人として、人として大事な心が入っていると思う。
http://www.takahata.or.jp/user/hirosuke/
吉田松陰が題材の「帰り花」
大浦さんは、私が宝塚歌劇のオーケストラに所属していた頃、トップの男役スターだった。その頃の男役として大浦さんの舞台のお姿を見て
「本物の男性には申し訳ないけど、大浦さんの方が男性の色気っつうもんがあるわ。下手な男性(意味不明)より、ずっとタキシード姿が素敵!」
と夢の王子様のように思っていた。(ちなみに私はタカラヅカファンではないのですが・・)
その大浦さんが退団され、正直言ってタンゴ界で再会をしたとき、大浦さんの女優ぶりになかなか慣れなかった。その大浦さんが久々に男性役をされる、というのでその期待を胸に観劇したわけだった。
ところが、内容の素晴らしさにすっかり、男役の大浦さんを見に来たことを忘れてしまっていた。吉田松陰たちが幕末に命をかけてやろうとしたこと、それは単純に明治維新のあの時代だけのことではなく、第二次世界大戦を背負う日本、そして戦後から今に至る祖国を思っての行動であったことを、実に端的に、軽妙かつスピーディーに、そして深く重くなりすぎないようにうまくコミカルな場面を取り入れ、本当に見事に無駄のないお芝居に仕上がっていた。
とくに、黒船が威嚇する空砲が響く中の吉田松陰と佐久間象山との会話には、胸打たれ涙がわき出て、ポタポタと流れ落ち。
もう、どないしまひょ

本も素晴らしいし、舞台とセットと俳優を効果的に使っての演出も実に見事!
思わず終演後、ブラボーと叫ぶ私がいました。
公演は2月3日までなんですけど、、、ぜひ、可能な方は観劇してください!
http://www.seinenza.com/performance/gekidankyo/080125.html
「ペンを剣に代えて」大石政則日記
編著:大石政隆
発行:西日本新聞社 1500円+税
実在の人物、大石政則さんが学徒兵として出征して、戦死されるまでの約1年半の日記。編著は、実弟の政隆さん。
大石政則さんの日記が長い長い道程を経て、この本で蘇りました。
伝記物や人物伝は、編集者や著者のややもすると私見が入りがちになり、そのままストレートで本人の人物像に迫れないときがありますが、これは、純粋にご本人の書いた日記のみの内容であるため、読者がそれぞれストレートに大石さんと大石さんが過ごした時代の背景を感じ取ることができます。
読み始めてすぐに感動し、頭が下がる思いだったのは、大石青年は、自分自身に厳しいということ。日記の一節に
「人格を尊重す」とは教班長の温かき言葉なれども、果たして我に尊重に値する人格が備われるや・・・
とあった。自由とは、義務と責任と表裏一体であることを無視し、何かと自分の権利のみを主張してしまう現代の風潮に、はっとする一言。
大石青年は透き通るような、純粋な魂の持ち主。過酷な時代と壮絶な運命を背負いながら、果敢に生きた証の日記。ぜひ、一読を!
http://www.geocities.jp/masa030308jp/penoturuginikaete.htm
沈黙の春 レーチェル・カーソン著
私がこの本に接したのは、ラジオ番組を初めてすぐのころ、もう4年くらい前かなぁ。門奈さんから借りて読んだのが最初。あまりの衝撃に焦りを感じ、自分のラジオ番組でも紹介したりしました。
私にとっては、とにかく非日常の専門用語がいっぱいで、難しい感じではありましたが、それにも関わらず最後まで驚異と脅威を持って読んでしまいました。
レーチェル・カーソン女史が訴えていた時にすぐにでも対応していれば、まだ何とかなったのか。人間はここまでしないと目覚めなかったのか。地球に申し訳ない気持ちになってしまう。
グダグダ言っていないで、今からでもすぐに始めよう!明日に気がつくよりはマシなはず。
私が読んだのは文庫本でしたが、単行本も出ています。
青春とは〜原作詩:サムエル・ウルマン
このお便りによって、リーダーの門奈さんが座右の銘としてデスクの横の壁に長年貼っていた詩が、このサムエル・ウルマンの「青春とは」であることにやっと気づいた。
この詩については、あまりにも有名で(という私は、最近まで知らなかったくせに・・・)「青春の会」まであり、そのHPでは、かなり詳しく紹介しているから、ご興味のある方は簡単に調べられると思います。
私が紹介したいのは、先日、ステージでご一緒した歌手の高橋京子さんから教えてもらったこの本です。写真がとっても綺麗で、原詩とマッカーサー元帥が座右の銘にしていた詩との関係なども紹介してあります。
タイトル:青春とは
自由詩:新井満
原作詩:サムエル・ウルマン
発行:講談社 1050円



