ラスト・サムライをちょい見して

昨日の夜、偶然、「ラスト・サムライ」の最後の方のシーンが目に入ってきました。
以前も、テレビで放送したときに、同じところだけ見て、また昨日も見たのは
同じシーン。最初からまともに見たことがないのですが・・・

私は幼児期、熊本や鹿児島に住んでいたので、日曜日など、両親に連れられて
史跡などをよく見学に行きました。あのころは、さっぱり、何が何だかわからず、
ただただ「今日も、デパートや遊園地でなく、古戦場やお寺かぁ・・・」と思い
ながら連れられていっただけでした。
が、そんな幼児でも「田原坂」での何となく心が痛い記憶は、今でも残っています。
田原坂は、幼児の目には、これといって何もない田舎の風景のように映りました。
が、訪れたのが夏だったせいか、緑の丘のような映像と暑い空気の印象、それに
ここで、たいへんなことが起こった、たくさんの人が死んだんだ、という何とも
いえない気分が残っています。

昨日のラスト・サムライの最後の合戦シーンは、もしかして田原坂をイメージした
のではないか??なんて、映画のことを詳しく知らないので、そんな風に思いました。


今も田原坂には、薩軍と官軍、両方の戦没者のお墓がたくさんあるようです。
また、銃痕そのままにしてある蔵も・・・
西郷さんは、あのような運命を辿るしかなかったのでしょう。西郷さんのあの戦い
があったからこそ、そのあとの明治の人々は、西南戦争で亡くなった人々の死を
無駄にしないように、必死に植民地にならない努力をしたのでしょう。
そう思うと、改めて明治維新、西南戦争での戦没者のことを忘れてはいけない、と
感じました。同国民同士が血を流してまで守ったのですから。

**西郷さん、なんて知り合いみたいに言っていますが、鹿児島に住んでいた
子供の頃は、「西郷さん」だったのです。鹿児島市の西郷隆盛像は、軍服を
着ています。
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