7月6日「聴け、バンドネオンの調べを」神戸公演

毎年恒例になっている「オルケスタ アストロリコ 神戸公演」が先日、無事、終了しました。
たくさんのお客様が、ひとつになった雰囲気で、ステージにいる私達まで温かい気持ちに
させていただけた、素敵なコンサートでした。

昨年まで、会場に来てくださっていた主催の神戸ポルテニア音楽同好会会員の一人でも
あります元陸軍軍医さんの林先生が、今年の4月についに他界され、寂しくなりました。
先生の奥さまからメッセージを頂戴しました。
「主人の人生の後半はアストロリコの皆様のお陰で、大好きなタンゴを好きなだけ聴けて
とても幸せな時間を過ごさせて貰って心から感謝しております。」
こんなメッセージと共に、私達アストロリコにお礼がしたい、とのことで、第2部の冒頭では
先生と同じくお医者様である弟さんから、ステージ上で花束贈呈、という場面がありました。
林先生は、戦争中は日本兵だけでなく戦場で巻き込まれた地元の民間人に至るまで、
多くの人の命を救ってこられて、戦後もずっと地域医療に活躍されてきた方、お礼のお花を
捧げるのは私達からの方だというのに、こちらがお花を頂戴してしまいました。
林先生を偲び、ゆかりの深い「マロニエの木陰」を今は客席にはおられない先生に向けて
演奏しました。
そんな流れで、第2部は、頂戴した花束も一緒にステージにあり、ステージも会場もより
一層の連帯感の中で、なごやかで熱い、熱い コンサートになりました。
ご来聴くださった皆様、ありがとうございました。
また来年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。


林寧豊軍医 と 「マロニエの木陰」
先の大戦中、中国大陸で任務に就いていた林軍医。長沙での夜戦のときのお話。
夜戦で休戦状態になった束の間の静けさのときに、そばにいた一人の兵士が突然、
「マロニエの木陰」を歌い出した。敵との距離は比較的近かったため、大きな声で
歌うと敵に距離感など知られてしまうので何度も止めるように注意をした。
夜が明けて、戦闘が開始され、林軍医の近くにも砲弾が着弾。その1発の砲弾で
7名が死亡、林軍医も片目・片耳・手足を負傷。「マロニエの木陰」を歌った兵士は
肉片と化した。負傷した軍医は、自分の手当を後回しに、片目と負傷した手足で
ほかの負傷兵の救護をしてまわった。
そのほか、色々な戦場で銃弾や砲弾が飛び交うなか、負傷兵を背負い、あるときは
這うように後退し、手当し続けた林軍医は、奇跡的に生還し、戦後も「マロニエの木陰」
を聴く度に、この出来事を思いだし涙すると語った。
林軍医に命を助けられた中には、剣豪小説家の五味康祐氏もいる。後に五味氏は
ある会誌等に林軍医とのエピソードを掲載している。また、日本兵だけでなく、戦場
で巻き込まれた、地元民間人の命もたくさん救い、林軍医に助けられた中国の人々
からは、戦後もずっと感謝の気持ちが先生に寄せられていたという。
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コメント

No title

こんばんは!Ricaさん
来週はマキシムですね。
おいしいお料理とおいしいワインを味わいながらのタンゴ・・・う~ん楽しみです。

話は変わりますが、
先日台湾に旅行に行った折、「マイ箸」を持ち歩いてる青年達と会い
言葉が通じずとも、なんともいえない親近感を感じ、嬉しくまたとても頼もしく感じました。
最近のわたくし、
ボケも手伝って時々バックに入れ忘れるんですよね。
台湾の青年達に恥ずかしくないように、「マイ箸忘れないようにしなくっちゃ!」です。







夢子 さん へ

お久しぶりです。
いよいよ、私にとっての未知の世界「銀座マキシム!」
雰囲気に緊張~~~!!
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

マイお箸、台湾でも、ですかぁ・・・・
実は、超個人的な世界なんですが。ええ歳をして台湾の
アイドルにはまってしまって、もう何年?
台湾のマイお箸って、やっぱり、日本の箸とは違って
先は太いのですか?
無理矢理こじつけかもしれませんが、台湾の青年が
マイお箸をやってるってことだけで、親近感がわきます。
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