第39回呉海軍墓地合同追悼式

2009-9-23謝辞

呉海軍墓地顕彰保存会

去る9月23日(秋分の日)に第39回呉海軍墓地合同追悼式が今年も開催されました。
京都から車を6時間飛ばして、呉の海軍墓地参りをするのはもう何度目でしょうか。
4年ほど前から、1年に数回、お参りしています。振り返ると、そのくらいのペースで
行っているのです。
今年は、あろうことか、この私が式典の最後の方でご挨拶する「遺族代表謝辞」という
大役を仰せつかりました。私は、孫の世代です。まだまだ、遺児の方々がおいでに
なるであろうに・・・英霊とは、すでに一世代飛び越している世代。

とまどいもありましたが、鈴谷の会の会長さんの「ひとつ、よろしく頼みます」との言葉
に、「がんばります」と答えていました。会長さんは、持ち場が違っていたので戦死した
大叔父の直接の上官ではないですが、同じ重巡洋艦「鈴谷」に長く勤務し、階級は
大叔父よりずっと上の階級の方です。上官命令とあらば、これは大叔父に代わって
従わねば・・・・。とイマイチ、わけがわからないような、わかるような、自分を納得させ
気張ってきました。(関西弁で頑張るっていう意味)

背伸びをせず、自分の感じたまま、思ったままを表現することにしました。ただ、いつも
のコンサートでのフリーなトークと違い、とってもフォーマルな謝辞を行うべき場面。
慰霊祭には、全国各地から90歳前後になられる戦友の方々、遺族、自衛隊の方々
(艦長クラスや幕僚クラス)、市長さんや議員さん、地元の厚情溢れる有志の方々で、
海軍墓地が一年に一度2000人以上の人で溢れる、そんなフォーマルな雰囲気に
包まれます。
なので、ちゃんと原稿は書きました。いつものステージやラジオでは原稿を書かない
のに・・・

あとは、その原稿をちゃんと読めるかどうか・・
聞き手よりも先に自分自身の思いに入り込んでしまい、涙声になってしまうのです。
何度も、自宅で練習したり、電話で姉に聞き手になってもらったりするのですが、
同じところで、ウルウルしていまって。
凛として読み上げないと、聞き手には伝わらないことは、演奏家としての経験から
わかってはいるのですが、あ~~情けない。
二人の大叔父の写真を並べ、その横に鈴谷の会長さんの写真も並べて、3人を
前にして何度も練習したのですが、あきません、泣けてきますがっくり

両親は私がどんな内容を言うかは知りません。
仕事をすませ、ほぼ、寝るだけのタイミングに呉市に到着したのが前日の夜。
旅館では、私が一番先にお気楽に就寝したので家族は、「この人、明日、大丈夫
なんだろうか。お気楽に寝てるけど・・・」と思っていたらしいです。
特に涙声の練習に付き合わされた姉は、心配していたようです。
私としては、寝不足の顔で出るわけにもいかないし、健康な顔で出席したいという
気持ちの方が先にありました。そして、何度練習しても涙してしまうのをコントロール
できるヒントを最後の最後に、ボス(アストロリコのリーダーの門奈さん)から一言
いただいたのが、お気楽就寝の大きな理由。

そう、涙せず、最後までちゃんとしっかりと読めたキーワード。それは

男前で

そうなんですよね。タンゴバイオリニストとして活動しているときは、ファンの方々や
同じアーティストから、何度か「男前ですね」と言われたことがあったのを思い出しました。
そう、こういうときこそ、その「男前根性」で行けばよいのだ!
すっかり、それを忘れてドギマギ・ウルウルしそうな私に「男前で」の一言を蘇らせて
くださった門奈さんに最大の感謝!

たくさんの方々に喜んでいただけたようです。式典後、鈴谷の会長さんに出来具合を
伺おうとしたら、先に会長さんから「120点満点!」と褒めていただきました。
会長さんや大叔父の顔をつぶさずにお役目を果たせてほっと一安心。
両親からも初めて真面目に褒めてもらえたように思います。本業よりも褒められたような・・・

それにしても毎年、お世話してくださったいる関係者の皆様には、本当に頭が下がります。
心から感謝申し上げます。
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