哀悼 大浦みずき さん  2

私は宝塚歌劇は、バイオリン奏者として入団することになるまで観たことがなく、
仕事として入団しました。でも、3歳の頃から結局バイオリン専攻を選択する中学生
まではクラシックバレエをやっていましたので、大浦さんが別格の方だってことだけは
オーケストラボックスからわずかに見える姿からもすぐにわかりました。
みなさんも同感だと思いますが、彼女の男装は、世の男性には申し訳ないですが
男性よりも男前フェロモンで溢れています。

なので、ヅカファンでない私が、「この男性なら、なんでもゆるしちゃう!」ってお慕い
申し上げますぅ~~~~状態でした。
新しい公演が始まる前は、お稽古場で生のオーケストラとの音合わせ、リハーサルを
します。そのときは、もちろん、みなさん、お稽古着で素顔。でもそこでのオーラも
ひときわでした。

私が宝塚歌劇団に入団したときは、大浦さんは花組の2番手でした。しばらくしてすぐに
トップに。また、大浦さんの退団公演のさよならショーもオーケストラボックスから見送り
ました。そのあと、しばらくして私も退団し、アストロリコ一本に。
かねてから、大浦さんにはタンゴが似合うなぁ~っと思っていて、当時、アストロリコの
チェリストとして参加していただいていた宝塚団員であり、先輩のS氏にちらほら、
そんな話をしていたところ、S氏がある日
「なつめさんと舞台が今、一緒で、キミが言っていたタンゴの話をしておいたよ」
と連絡してくださいました。
すぐに大浦さんとしっかりお会いしてタンゴの話をしたというわけです。
S氏は、以前、舞台で大浦さんがチェロを小道具として必要とした公演に、自身の
チェロを提供していて、長年宝塚でお仕事されていたので、顔見知りの間柄。
とてもラッキーでした。私は、かなりの後輩ですので、大浦さんの凄いオーラの前では、そう
簡単に話しかけるきっかけなんか、、、畏れ多くて。

でも、そんなこんなですっかりアストロリコと一緒にタンゴを楽しんでくださり、大浦さんの
鶴の一声で、ブエノスアイレスでレコーディング、公演まで!!
ブエノスアイレスのレコーディングスタジオでのこと。ピアソラはじめ、タンゴ界の凄いマエストロ
の録音をたくさん手掛けたダ・シルバ氏が大浦さんの歌う「チェ・タンゴ・チェ」を聴いて、
「もし、スペイン語で歌っていたら、ブエノスアイレスの連中に彼女の歌を聴かせたいよ」
と日本語なのを悔しがっていました。日本語でタンゴを歌って、本場ブエノスアイレスの、しかも
数々のマエストロの録音を手掛けている人の心を揺さぶったのは、彼女だから!!でしょう。

私のラジオ番組にも気さくに出演してくださり、彼女がいないことがまだまだ実感として
わいてきません。まだ、心のどこかで彼女に話しかけています。
今日は、ここまで・・・・
http://chaorica.blog92.fc2.com/←京都三条ラジオカフェ・スタジオで。
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