またもや、親愛なるマエストロが・・・訂正!追記!!

文章が途中で切れていました!それを気づかずアップしていましたので、
訂正追記しました。m(_ _)m(4/14)

オスバルド・レケーナ氏 死去(10 Tango)

記事によると3月25日、突然の死だったようです。
考えてみるとレケーナさんとは、もう10年以上の交流があり、ずいぶんお世話に
なりました。門奈さんはじめアストロリコとレケーナさんが意気投合したきっかけは、
ピアソラの音楽に対する考え方や感じ方が一致したこと。
そして、アストロリコのアルバム「ZUM(スム)」に収録しているたくさんの曲は
レケーナさん提供のアレンジ。

余談だが、レケーナ夫妻が京都観光をするのに門奈さんをはじめアストロリコの
メンバー数人でご案内したことがありました。
ティータイムをしているとき、奥さまが
「うちの息子のヨメにしたいくらいね」
とおっしゃったことがあった。あのとき、息子さんの希望を無視して、ヨメに
もらってもらえば良かった、しまったしまった島倉千代子

2000年9月、アルゼンチンのロサリオ市で開催された「タンゴ世界サミット」
でのこと。
リーダーの門奈さんが心筋梗塞でドクターストップがかかり、リーダー不在
と辞退したにもかかわらず、どうしても、、と実行委員会の強い要望で、頼りない
私がリーダー代役を務めて日本代表として招聘されたアストロリコ。
偉大なギターのマエストロであるフアンホ・ドミンゲス氏と同じ日のステージに
なって、緊張の極みでいる私たちの楽屋に出演前、レケーナさんが
「どう、調子は?門奈さんはたいへんだったね。もう彼は大丈夫かい?」
と様子を見に来てくれました。
「で、今日はどんな曲目を聴かせてくれるの?楽しみにしてるよ。」
など、リーダー不在で不安な私たちは、どんなにか心強く思ったことか・・・

サミット開催中、アストロリコの出番が全部終了して「やれやれ」と思った
ときに、突然、バンドネオンの巨匠ロドルフォ・メデーロス氏に私だけ呼び出
されました。サミットで特別編成された「タンゴ世界オーケストラ」に参加
するよう要請されたのです。東洋代表という扱いみたい・・・
でも、最終リハに間に合うように来い、というメッセージだけで、何時に
どこかもわからないときに、「砂漠にオアシス!」状態でちょうどレケーナさん
とばったり。すぐに、助けてもらいました。
レケーナさんは、サミットの重要人物。鬼に金棒!

そう、アストロリコの中でも一番、私がお世話になった人間でしょう。
去年、日本公演のときにお会いしたときは、お元気そうだったのに・・・。
10年前、心筋梗塞で5分間心肺停止した門奈さんを気遣ってくださった
レケーナさんや大浦さん、筑紫哲也さんの方が、先に逝ってしまわれた・・・。
門奈さんには、彼らの分まで頑張ってもらわねば。

心からオスバルド・レケーナさんのご冥福を祈りつつ・・・
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