ルーベン・フアレスさん逝去

またタンゴ界のスターが、天空の星になってしまいました。

詳しい記事はこちら→10 TANGO フアレスさん訃報記事

ルーベン・フアレス氏といえば、ど迫力のバンドネオンの弾き語り
あの巨漢から、凄いエネルギーの声と炸裂するバンドネオン、ほとばしる汗
実に愛すべきアーティストでした。

若い頃は映画「タンゴ・バー」ではなかなかの男前俳優として出演され、私は実際にお目に
かかる前から、画像で見ていました。
1995年グラナダ国際タンゴフェスティバル(タンゴ世界サミット)では、彼と同じ
ホテルになり、しかも出演日程も同日。オルケスタ アストロリコの演奏のあと、
続いてルーベン・フアレス・オン・ステージに。出番が済んで、一通り後片づけが
済んだ私達は、せっかくだから、彼のステージを鑑賞するために会場へ。
「この人、どんだけ体力があるの?」と思うくらいに、延々と爆発的エネルギーで
ステージを展開。
ついには、オルケスタ アストロリコの次の出番の時間になってしまったので
熱唱を背中に聴きながら、深夜のミロンガ会場へ。
そこで、一通り、オルケスタ アストロリコの演奏が終わり、やれやれ本日の
出演は終了。。。と思ったとき、ステージに現れたのは、再びフアレスさん。

さっき、あれだけ弾き語りをして、まだやる
どんだけ~~~~

想像を絶するすさまじさ!
これが、また、朝まで続くのではないかと思うほど。疲れのピークに達して
いた私は、ギブアップして聴きたい気持ちを引きずりながら
「お先に勉強させていただきましたm(_ _)m」
とおいとましました。

そして5年後の2000年アルゼンチンで開催されたタンゴ世界サミット・ロサリオ大会。
ここでも、ご一緒することに。。。。
で、本番後、レストランで食事をしていると、フアレスさんご一行も入ってこられ
ました。そして、メインのお料理が出るまで待ちきれなかったのか、テーブルについた
ままマエストロなのに、ゲリラライブが始まりました。
フアレスさんがバンドネオンを出して弾き語りを始めたら止まらないことを知っていた
私は、離れたところからライブを楽しみました。
ほんとうは、あんなマエストロがただで余興を始めたら、至近距離でバッチリ
見聞きしたいところですが、マエストロだけにこちらが先に中座するにもできなく
なることはわかっていたので、あえて近づかなかったわけです。
その時、アストロリコと一緒にいた若いバンドネオン奏者のアレハンドロ・サラテさん
は、大先輩の演奏をぴったりと傍で聴いていましたが、もしかしたら、就寝する
切っ掛けを逃したかも・・・
私は翌日もスケジュールがあり、体力温存で早くベッドに入りたかったので、サラテさん
を置いて、先に失礼しました。

それにしても、どんだけ~~ってくらい、凄いです。
まさに肉を常食しているって感じです

若い頃の映画の印象と1995年に実際にお会いしたときでは、「時の残酷さ」を
実感。甘めの男前ではなく、眉毛も漢字一文字「一」になろうかという勢いの
熊さんみたいで、一瞬たじろいでしまいました。が、ご挨拶をするととっても
気さくで、優しい方でした。
豪快で天真爛漫なお人柄がにじみ出ていたステージをお腹一杯堪能させていただきました。
そして、フアレスさんと同じステージに立たせていただけたことを光栄に思います。

心からご冥福をお祈りいたします。
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