平成22年海軍関係戦没者追悼式

去る5月30日(日)大阪護国神社の境内にある慰霊碑前で「海軍関係戦没者追悼式」
があり、出席してきました。
また、たくさんの先輩諸氏がおいでなのに、私のような若いものが、遺族代表
としてご挨拶までさせていただきました。
ま、遺族としては、遠慮無く若いと言わせていただきます

ここでの追悼式も英霊へ誠を捧げる、たいへん心がこもったもので、感動しました。
大阪護国神社は初めて伺うのですが、鳥居をくぐってすぐにいくつかの戦没者慰霊碑が
ありその中に「海軍関係戦没者慰霊碑」が大きな錨とともにありました。
やはり、護国神社は太古の神様よりも、ぐっと身近に神様の存在を感じてしまうのは、
その神様が英霊だからでしょうか・・・生身の人間の心が迫ってくるようです。
献花遺族代表として献花


この海軍関係戦没者追悼式も心ある世話役の方々の熱意と努力で開催されています。
昨年の呉海軍墓地合同追悼式で遺族代表としてご挨拶をしたことがきっかけで
この日もご挨拶させていただくことになったわけです。
海上自衛隊阪神基地から喇叭隊や儀仗隊が参加してくれて、立派な追悼式です。
呉では20名以上の編成で吹奏の音楽隊が演奏してくれますが、この日は
幼稚園児の立派な鼓笛演奏と阪神基地の喇叭隊です。
以前、神戸護国神社で終戦記念日の慰霊祭に参加したとき、元海軍さん(みなさん
高齢)が、旭日旗の半旗掲揚をするのにカセットテープをガチャ!そして
「ささげ~~~銃(つつ)っ
敬礼する一列に並んだ数人の元海軍のみなさん。
感動とともに「銃(つつ)!」って銃ないやん・・・と、ちょっと可愛くなってしまう
現代っ子の自分が相乗りしていました。
そのカセットテープは掲揚用の喇叭の演奏カセットだったのです。
何とも言えない気持ちがシャキっとするものでした。
喇叭隊 儀仗隊
さて、話は戻って、この日の喇叭隊は、まさにこの演奏を写真のように5名で。
追悼式が始まるずいぶん前から、ビシっと儀仗隊も喇叭隊も位置について、
微動だもせずに待機されていました。私は職業柄つい、演奏する、という立場
だけのこを考えてしまいがちですが、いくらウォーミングアップしていても
ピストンが無い、唇の調整だけで演奏する喇叭を長時間待っていきなり演奏
するのは本当に難しいことなので、思わず心配し、気の毒に思ってしまいました。
しかし、みなさん、立派に演奏してくださいました。かつては、英霊の皆さんも
この音色を聞いていただのだなぁ。きっと懐かしんでおられるだろうな、と。
神戸の元海軍のみなさんの事も思い出してしまいました。
そして幼稚園児鼓笛隊の演奏パフォーマンスも素晴らしかったです。90名以上
の園児が側にいるのを忘れてしまうくらい、静か。ぐずったりする幼児が一人も
いないのです。当然、先生がなだめる声も聞こえない。みんなしっかりと神妙な
面もちで追悼式の参列者の一人である自覚をもっている様子でした。
こんな子供達も加わった追悼式、さぞや英霊のみなさんも微笑ましく思って
園児達を見守っておられることだろう、と思うと、涙が溢れ出てしまい、
謝辞を言う前に、一度、気合いを入れ直す始末でした。

式後の親睦会にも参加させていただき、凛々しい方々と記念撮影も
呉地方総監海上自衛隊呉地方総監 海将(旧:中将)殿
この日、追悼式に先立って講演もされました。
日本は海洋国であり、海からの輸送の重大な現実を改めて教えて頂きました。

阪神基地司令 海将補村川さん海上自衛隊阪神基隊地司令 海将補(旧:少将)殿
海上自衛隊阪神基地の儀仗隊と喇叭隊のみなさん、式典の前後、最中の身のこなし
がすばらしかったです。彼らのボスがこの方!?


お二人とも優しく素敵な紳士です

げせわな話
さすが、鍛えておられるだけあって、すらりとスマート。
当たり前かもしれませんが、、、ブヨブヨしていない
ミュージシャン生活をしていると、結構、メタボに囲まれる(自身も含めて)
ので、超新鮮


しまりのない話になりかけてますが。。。。
大阪護国神社の追悼式に参加させていただき、また心新たな慰霊の念を
持つことができました。お誘いくださり、関係の皆様に心より感謝申し上げます。
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