赤毛のなっちゅん~宝塚を愛し、舞台に生きた妹・大浦みずきに

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赤毛のなっちゅん~宝塚を愛し、舞台に生きた妹・大浦みずきに
内藤 啓子 (著)
中央公論新社
http://www.moon-light.ne.jp/news/2010/11/mizuki-oura.html

こうなったら、「我が友、大浦みずき」と呼ばせていただきます!
亡くなって1年経ちました。時間とともに、「我が友」という気がしています。
それまでは、私→大浦さん、 のときは、大概、主役さんと接するときのような
感じでいました。大浦さん→私、は大浦さん自身にお尋ねしないとわかりませんが、
私よりは距離を縮めて接してくださっていたと思います。が、なかなか、私→大浦さん
のときは、彼女の凄さを知っているだけに、やっぱり、三歩さがり三つ指ついて・・!
でも、亡くなってしまってから、大浦さんのお姉さまとお話している中で、また、
亡くなったからこそ知ったお話などを聞いていると、本当はステージ以外のときは
「友達」という感じに想っていてくださったような気がしてならず、それなら、
もっと、距離をあからさまに近くにすればよかったか、と後悔が・・・。
でも、それもこれも、亡くなってしまったからこそ思うことかもしれません。
やっぱり、彼女はカリスマ的主役ですから。
それでも、彼女の病気を知ったときは、戦死しした大叔父達に「私の戦友がたいへんな
ことになっているから、助けてやって。」と病院から直行で病気平癒祈願に行きました。
「戦友」、、、舞台人にとって、本番はいわば戦闘みたいなもので、ステージをともに
作ってきた仲間は戦友なんです。
だから、表紙を見ただけで涙があふれ、その先を読む勇気と気力がなかなか出てこない・・。
内藤啓子さん渾身のデビュー作であり、ほかならぬ大浦さんのことが綴ってある、というのに。
でも、いつまでも、避けているのも大浦さんに申し訳ない、と思いながら、ちら見しては
翌朝目を腫す、そんなことを少しずつ繰り返しております。そんなちら見ですら、すぐに
わかること、それは、阪田寛夫先生のDNAによる素晴らしい文才が発揮されていることです。
大浦さんが書かれた文章にも、同じことを感じましたが、お姉様である内藤啓子さんは
今までその才能を公にされなかっただけだったことがよくわかりました。
「大浦みずきお別れの会」の時の遺族代表としてのご挨拶のときも、そして、先日の
1周忌偲ぶ会の時のご挨拶のときも、そのお話の内容にただ者ではない才能がしっかり
と出ていましたが、いよいよ作家「内藤啓子」が開花の時を迎えたようです。
「我が友」が主役、ということから離れて、一つの作品として、こんなに心温まる、
優しく上質な日本語で溢れている作品に接すると、ギシギシした心のパーツに潤滑油が
入ったような感じです。

この本の中に、何度かアストロリコや私の個人名を出してくださっていて、ほんま、
恐縮するやら、恥ずかしいやら、うれしいやら。。。。

すばらしく、そして、珍しいタイプの素敵なご家族の様子が伝わってきます。

非凡なる人の集団、その非凡な人たちが家族という縁で結ばれている

そういうことでしょうか。

女優「大浦みずき」の悪友?は、「ちら見数珠繋ぎ読み」段階で紹介するという乱暴なヤツです。
すみません。でも、時間ばっかり、どんどん過ぎちゃうんだもん。
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コメント

こんにちは。

私はすべて読みました。乱読ですが。麻場さまのお名前も拝見しましたし、ゆかりの色々な方のお名前を拝見し、胸が熱くなりました。
びっくりしたのが、お父様のお母様(なつめさんのおばあさま)の出身学校が私の出身校の前身だった事です…
私の出身校はキリスト教だったのですが、以前お父様が講演に来て下さったと聞いて…関係があるのかなと思っておりましたが…おばあさまの出身校だったとは…
私は子供の頃ずっと大浦さんとひびきさんのファンでした…
なつめさんがいなくなられて残念ですが、ずっと素敵な舞台は忘れません…
麻場様もお体に気を付けて御活躍下さい。

シード さん へ

コメント、ありがとうございます。
シードさんは、大浦さんのおばあさまの後輩ってことになりますね。もう、お会いできない先輩ですけど、なんだか、うれしい繋がりを感じてしまいますよね。
私にとって、宝塚時代の大浦さんのステージの中で、強烈に印象があるものがいくつかあるのですが、そのころ、一生懸命にオーケストラ団員として演奏していたので、具体的な題名とかわからないこともあるのです。
改めて、カテゴリーでみなさんに聞いてみたいと思っています。
少なくとも、印象に残ったそのシーンは、大浦さんを男性として見ていましたv-344
なので、タンゴでご一緒するようになった当初、どうも「女優大浦みずき」になじめない心の中がありました。ごめんね、大浦さんm(_ _)m 私の中では、「永遠なる星の王子様」的イメージですから・・・
関東公演から戻ってからも、休む間もなく本番や本番準備が続いていて、必死ですが、、、何とか、ぶっ倒れずにやっております。
これからもどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

こんばんは☆

京都の秋は素敵でしょうね・・・。近くにすんでいながら、遠い京都です(笑)

『赤毛のなっちゅん』読ませていただきました。
流石に・・病状の様子をかいてくださった場面は・・・・辛くて、辛くて何度か読むのを止めようかと思いました。でも・・・そこには、なつめさんがいらして・・・本当に頑張ってくださっていたんですね・・・。
お姉さまを始め、みなさんが闘っていらした・・・。
あの、偲ぶ会に参加させていただき、この本を読ませていただいて、ようやく少し受け入れられたのかもしれません。事実を・・・。

宝塚にこんな方がいらした!と初めて逢った時の衝撃、思い出します。
私が出逢ったのはさよなら公演で、その後のファン生活の方が長かったのですが・・・あの男にしか見えなかった方が、女優として歩かれ、そして、これからの年齢の『大浦みずき』がとても楽しみでした。
事実は受け止めなければいけないのでしょうけれど、なつめさんは永遠の恋人です☆

12月、コンサート頑張ってくださいね。
くれぐれもお身体ご自愛ください(*^_^*)

紫陽花 さん へ

今年の紅葉は、近年希に見る美しさではないかと、木々や山々が目に入るたびに、初めて見たような感動をしています。

「赤毛のなっちゅん」は、あまりに身近な場面もあったりするので、ちゃんと腰を据えて読みたいと思い、一気読みしておりません。来週からのタンゴ・アルコイリスやアストロリコ新潟公演など、連日続くので、その一連が済んで気持ちも身体も一段落して、ゆっくりとページをめくりたいのが本音。
でも、そう言いながらも、少し読み進んでいますが・・・

私が宝塚に入団したころ、大浦さんは二番手でした。大劇場でのさよなら公演は、オーケストラ団員として仕事していました。「この人、やめちゃうんだ。もったいないなぁ~」って、大浦みずき不在のステージは、あの大劇場のステージに大きな風穴が空いたような感じになるって、単なるバイオリン奏者だった私も強く感じました。
いっぱい、書きたいことあるけど。。。。
あああ~~~~~!!!!!
来週のステージの用意しないといけないので、今日はこのあたりで失礼しますv-30
また、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。m(_ _)m
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