原爆記念日に改めて思うこと

今年も二つの原爆記念日が終わった。
アストロリコの仲間の一人は、家族に被爆者を持つ広島出身。
そんなこんなで、彼のミクシィ日記はこの日(8月6日)、かなりの意見交換があった。私も乱入。実際の体験者からの話ほど、直接訴える力の強いものはない。彼が言っていた「8月6日という日を、広島から出てしまって迎えると実に普通の日」。ニュースなどで慰霊祭の様子が映し出されるけれども身近ではない、他府県の出来事という感じでこの日が過ぎる、という意味。
これでは、いけないと、私自身もこんな歳をくらってやっと気がついたところ。たまたま、広島・長崎だったけれど、天候次第で別の候補地が被害にあっていたかもしれなし、現実、私が今住んでいる都市丸ごと世界遺産でもある京都だって候補地の一つだった。また、原爆投下までにその投下訓練も兼ねて何度もB29が、日本の各地に模擬爆弾を市街地に落としている。何と言うこと!実習に非戦闘員が普通に生活しているところを標的にしている。そして、犠牲者も出ている。決して他府県の出来事ではないのであって、この日は日本中が黙祷を捧げる日なはず、と改めて思う。
最初に原爆を投下した機体の名前が「エノラゲイ」というのは、あまりにも有名だけど、長崎に投下したB29「ボックスカー」の名前をどれだけの人が知っているだろうか。エノラゲイは、史上初ということでより印象的だが、あれだけの被害が出ていることを知りながら、さらに投下した機ボックスカーはどんな心境でボタンを押したのだろう。機体の名前を知っているから、どうなんだ?って言われればそうなんだけど・・・たまたま、その人たちは命令でその日にその役目に当たっただけ?その機体もたまたま、その日に当番になっただけ?
「ただ、それだけ?」では、済まされない惨事。まずは、知ることからスタートして、自分は何をすべきか、を考えながらこの日を過ごしていこう、と遅まきながら思う。
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コメント

原爆の日

こんにちは。
掲示板コミュニケーションって言うのは、私は非常に貴重だと思います。
たくさんの生の声が聞けるし、資料から抜粋してわかりやすく情報をまとめてくれる人、学者や歴史家以上の知識を持ってる普通の人などの書き込みは貴重です。
掲示板はうそや誹謗中傷の雨嵐と言うイメージで捕らえられていますが、今まで知らされてきた情報の方がうそだった・・・なんてこともたくさんありますね。
その中から信じられそうな情報を読んで置く事にしています。
原爆についてきちんと読んでみようと思い、整理された掲示板を抜粋して今印刷したところでした。

まずは、知ることから・・・

さくら さん へ
先輩であるさくらさんが、「・・印刷したところ」とまず、きちんと知る行動開始されていると知って、勇気づけられました。
戦後62年が経過して、戦後50年の頃は開示できなかった情報も期限が切れて一般に開放され、今まで「事実」として教えられたり知らされていたことも、実は、「やらせ」「情報操作」「ねつ造」だったりということが沢山でてきていますよね。

冷静に幕末からの歴史の流れをいろいろな方面から勉強し直す必要を感じています。正直、義務教育中は近代史はそんなに詳しくしなかったのと、明治維新前後が私にとってはあまりに複雑で苦手でした。ピテカントロプス・エレクトスとか・・・文明の夜明けあたりは、熱心だったのですが・・・

こんにちは。
ほんとに近代史はうんとひいてローアングルでみなければ、なにもみえてきませんよね。
わたしは、あっさむさんのマリオットの盲点の終わらない歌にだいぶ吐き出させてもらったのですが、原爆被害者でもないのに、とても屈折した想いがあります。なぜだろう、と、いつも思っています。じぶんでもよくわからない。

近代世界の動き

コメントをありがとうございます。
近代の世界の動向を客観的に見ることが大切かもしれませんね。それぞれの国の立場になって物事をどう進んだかを分析しないと、あまりにも複雑で、一つや二つの方向からの歴史観だけでは、わからない部分がたくさんああると思います。気象衛星から地球全体の観測をしているみたいに、近代歴史を見てみないと・・・
ひぇ~~、実際には難しいお勉強になりそうです。
私のオムツ、あ、いや、オツムでは無理っぽい(^_^;
(ここは、親父ギャグの場面じゃなかった・・反省)
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