9月の報告

9月は沢山の報告があります。何からどう、書いていいか、わからないくらい。コマメにアップしていなかった、すべては自業自得です。
しかも、これで記入は4回目!
失敗ばかりして、何度アップしたことか・・トホホ

〈1〉9月初旬。
関東公演の合間を縫って、ミクシィ仲間が教えてくれた靖国神社にある偕行文庫を訪問し、お借りしたきた資料3冊。その中の1冊(元歩兵230聯隊の方の手記)に、陸軍だった大叔父の名前を発見!所属中隊までわかり、戦死二日前まで著者と同じところに居たことも判明。なので、その手記のこの日までは、著者が見聞きし、体験したことと同じことを大叔父も体験していたのだと思うと感慨はひとしお!親しく付き合っていた中の一人に大叔父がいたらしく、だいたいの内容は「そこで別れた者達とは、その後相まみえることはなかった。麻場伍長もその一人。彼は、その後ついに密林に鬼骨をさらしてしまった」というもの。
まさか、最初にお借りした中に名前を見つけようとは・・・文字を見た瞬間、鳥肌がたった。そして、涙が出てきた。とっくの昔に亡くなっているというのに、読んでいる間はタイムスリップしてその物語の中に入り込んでいるので、まるで生きている本人に出会ったかのような感じでした。「おじちゃん、み~~つけた!」って。改めておかえりなさい。
それにしても、大量にある資料の中から一発で的中させた文庫のN氏にブラボー!というか、心より感謝m(_ _)m

(2)9月下旬
広島県呉市にある海軍墓地での合同慰霊祭に家族で参加。海軍だった大叔父縁の「鈴谷の碑」で、軍艦旗掲揚のお手伝いもさせてもらって感激。オリジナルの鈴谷Tシャツは、この日、海軍墓地で3名が着用して目立っていた。私と、ネットで海軍のお世話になった方々2名が鈴谷の会青年部のように応援してくださった。「鈴谷の会」会長さん(90歳)から、貴重な体験談を聞かせていただけた。佐久間艇長の記念塔がある鯛の宮神社をお参りしたときは、115段の石段を一息で登られた会長!凄いの一言。しかも、息もあがっていない。アップアップしていたの私の方。いや、参りましたm(_ _)m広島は車で6時間以上の距離、遠かったけど、行ってよかった!

(3)9月末日
歩兵230聯隊関西戦友会の会長さん(95歳)のご紹介で、230聯隊の一員としてガダルカナル島の戦闘に参加され九死に一生を得て帰還されたM氏(89歳)にお目にかかり、直に体験談をお聞きすることができた。大叔父とは違う大隊だったため面識はなかったが、同じ聯隊で、同じ日にガダルカナル島に上陸された。それだけで、私にとっては大叔父から話を聞いているかのようで有り難かった。(1)の手記も、M氏の手記やお話、戦友会の会長さんのお話、すべてに共通する苦戦の様子に、実戦に参加された方々へ改めて頭が下がる思いがした。私だったら、とっくに「生きる」という作業を諦めていたかも・・・私のために長時間お話してくださり、古いアルバムも見せてくださった。

私の「二人の大叔父の青春探し」に袖触れあうも何かの縁、とばかりに関わってくださった方々には、感謝の気持ちでいっぱい。
ネット上の出会い頭の事故のように出会ってしまってずっとサポートしてくださっている呉のM女史・Mネコ氏・Sちゃん。さん・さくらさん・姫野さん、F氏、そして飛び込んできた私に3時間も時間を裂き現在もサポートし続けてくださっている偕行文庫のN氏、数々の試練を乗り越えられた実戦体験者の方々、みなさんが私の気持ちに優しく・親切・丁寧に温かい愛情溢れる対応をしてくださり、なんと私は幸せものなのでしょう。心からありがとうございます。m(_ _)m

気持ちはいっぱいあるのですが、表現力が乏しいために伝えきれず、ただ、ダラダラ長くなってしまいました。まずは、途中経過のご報告ということで。
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コメント

BはブラボーのB

陸のおいちゃんに会えて良かったね。

さて、後は海のおいちゃんとパパの恩人だな。

呉市民まりもん さん へ

いつも、ありがとう!!
セーラーパンダ聯隊もご機嫌にしております。

利華さん、9月は大変いい体験の連続でしたね。
普段は絶対手に取らないような細かい文字の分厚い本を、どんんどん目で追って行く時のどきどき感は、その本が薄く感じられ、その箇所にぶつかった時の気持ちは言葉に表せないほど、絶対に他では味わえない感激を味わうものなんですよね。
これはいったい何なのでしょう。
何十年も前になくなった人の事をこうやって今味わう気持ちは何なのでしょうね。

友人でお父さんがガダルカナルで亡くなられていて毎年島へ行ってる人がいました、
その人は数年前に亡くなりましたが、彼女のためにこんな絵はがき作っていたことを思い出しました。
下記サイト「父ちゃんの手」がそうです。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Screen/3222/ehagaki4.htm

さくら さん へ

さくらさんが体験されたことと同じようなことを不思議なくらい体験している感じがします。
本当に、大叔父の名前を発見したときは、心臓がドッキン!
そして、絵はがきと文章、拝見しました。
もう、画面をみながら、大粒の涙がポロリ、ポロリと・・・
まだ約15000人の方々が、あの地の土に眠っておられます。毎年行かれている方がいらっしゃるというのに私は、いつ行くことになるでしょう。でも、いつか、あの島に行くような気がしています。

偕行文庫の情報はどのように三毛猫に伝わったのか

以前にある人の日記に、「…九段の文庫で…」
という表現が多用されていて、当時僕が思いつくのは
九段会館そばにある、昭和館の資料室だけだった。
だがどうもそこではないような気がしてまったくの面識もなく、紹介も無いその方に、挨拶もそこそこに非礼を承知で質問をぶつけてみた。
靖国に資料があるのは其の時点まではまったく知らなかった。
その後、規模内容を調べて、限られた分野においては、国会図書館をも凌ぐ濃密な蔵書と確認するに至る。

武智丸関連を回っていて起きた、ここ一年ばかりの話です。
今度は、僕が利華さんに教える機会が訪れたのです。
世の中には公設の図書館がほとんどですがここみたいに私設の
図書館がひっそりと、あったりするのです。

三毛猫 さん へ

そんな経緯があったのですね。
偕行文庫でも、国会図書館のことを教えていただきました。私は、子供の頃から図書嫌いだったので、まったく縁のない場所に大叔父達のおかげで足を運ぶ結果になっています。偕行文庫のN氏には、ずいぶんとお世話になっております。
あそこに行って、1回目で大叔父の名前を発見できるとは、確かに密かに期待しておりましたが、正直いってダメモトの気分でもありました。三毛猫さん、感謝してます。
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